くるみDiary

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(感想)ある映画監督の生涯 溝口健二の記録

新藤兼人監督の「ある映画監督の生涯 溝口健二の記録」ですが、この映画を観た人は溝口健二監督の映画が好きだったり興味のある人だと思いますが、私は溝口監督の映画は「赤線地帯」しか観た事がなく「祇園囃子」は冒頭の部分しか観た事がないので、1本しか観た事がないという事になります。

溝口監督が最後に入院していた京都府立病院から取材がスタートしますが、医師はは他の患者の迷惑にもなるからと、あまり協力的ではない様子で、4階特別病棟の廊下の映像のみ許可されたみたいです。

私がこの映画を観たいと思ったのは出演者に興味をもったからです。
田中絹代、入江たか子、小暮実千代、山田五十鈴、京マチ子などがインタビューに答えていて、とても興味深かったです。

この映画が公開された1975年はこの出演者たちは映画やテレビで活躍している頃だったので、当時、映画館に観に行った人達は特に何とも思わなかったかもしれませんが、今となってはかなり貴重なインタビューだと思うんですよ。

山路ふみ子さんってとっくの昔に引退していたので、久しぶりの映画出演になったと思うので、懐かしいと思った人もいたかもしれません。

他にも大映映画の社長だった永田雅一や、撮影技師、脚本家など溝口健二の仕事に関わった人の話しを聞く事ができるので、溝口監督の映画を観た事がない人でも入門編みたいな感じで知る事ができると思います。

溝口監督は結婚前に交際相手の女性から刃物で切りつけられた事や、後に結婚する奥さんと親しかった浦辺粂子さんの話しとか、監督からかなりひどい事を言われた入江たか子さんもインタビューに答えています。

女優が設立したプロダクションで雇われて監督をしていたのが気に入らなかったみたいで、時代的に珍しくなかったのかもしれませんが、男尊女卑みたいなところもあったのかもしれません。
入江たか子さんが溝口監督からの嫌がらせみたいな事をされて、自ら役を降板した時に、浦辺粂子さんが監督を叱りに行ったらしい、そんな事してはいけないと。

この映画は公開前年の1974年、夏に撮影されたのではないかなと思いました、新藤兼人監督が半袖を着ていますし、山田五十鈴さんがインタビューに答えている時に蝉の鳴き声が聞こえてきていたので。

溝口監督は田中絹代さんの事が好きだったみたいで、その事(恋愛感情があったのか)を新藤兼人監督が聞き出そうとするのですが、なんかうまくかわされてしまった感じでした。
田中絹代さんって独特な話し方だなとも思いました、声に特徴がありますね。

溝口監督の奥さんは精神的な病気で入院していて、その近くに住んでいる人に取材を行っていたら年配の女性が
「まだ死んではらへんの、あの人」
と驚いていたので、この映画が制作された時点では存命していたんだなと分かりました。

当時の女優について思ったのは話し方が丁寧ですね、「ワタクシ」とか「〇〇でございましょ」とか普通に話していますし、今はなかなか言わなくなったなと思いました。

インタビューをするにあたって新藤兼人監督が街中を歩いている時に、周りの建物、電車、車などたまに映る1970年代の景色を垣間見る事ができます。

この映画は溝口健二が亡くなってから18年後に撮影されたものだと思うので、20年近く経った時間というのは当時の事を覚えている人もいるし、忘れている人もいるというなかなか微妙な時期だと思います。

上映時間2時間30分という長い映画ではありますが、初めて知る事や興味のある内容も多かったので全く飽きる事なく観る事ができました。

貴重なインタビュー集だと思います。