
先日、1986年に日本武道館で行われた菊池桃子さんのコンサートをテレビで見ました、私は桃子さんのシングル曲をメインに収められたアルバムを1枚持っています、だったら菊池桃子のファンなのかと聞かれればそれほどでもないんですよね。
それならなぜアルバムを購入したのかというと、林哲司さんの曲が好きだからです、桃子さんのシングル曲はデビューからずっと林哲司作曲だったと思います、そんな事もあって同じ事務所だった杉山清貴&オメガトライブの曲も好きなんですよね。
林哲司の作曲ではなくなってしまったけど、1986オメガトライブ、カルロス・トシキ&オメガトライブのファンでもありました、この事務所の社長だった藤田浩一さんがプロデュースするトライアングルサウンドが心地よくて私は好きなんだと思います。シティポップと言われているものです。
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私は菊池桃子のシングル曲しか知りません、武道館コンサートではほとんどアルバムに収録されている曲を歌っていたので、初めて聴く曲が多かったですが最後まで楽しんで見る事ができました。
イキイキと歌っている桃子さんがとても魅力的だなと思いました。テレビの歌番組でしか見た事がなかったので、とても新鮮に感じました。
私が特に好きな菊池桃子のシングル曲は「SUMMER EYES」(1984年)、「Broken Sunset」(1986年)で、まあまあ好きなのが「もう逢えないかもしれない」(1985年)、「夏色片想い」(1986年)、「アイドルを探せ」(1987年)ですね。
菊池桃子はあまり歌は上手くはなかったですが、林哲司のメロディにとても合っていたと思います。
桃子さんは普通の女の子というイメージで売り出されましたが、これほどの美少女が普通の女の子では無理があるのではと思っていました、でもそれを意識してか衣装もワンピースやカーディガンなど普段着っぽいものが多かった記憶があります。当時のアイドルがよく着ていたフリフリの衣装は着ていなかったのではないだろうか。
🔷ロックバンド「ラ・ムー」RA MU
デビュー4年目になるとレコード(CD)の売上が落ちてきて、苦肉の策がラ・ムー結成だったのかなと思いました。しかし菊池桃子とロックって結びつかないというか、一番縁のないジャンルなのではと思いました、きっとファンも戸惑ったはず。
「夜のヒットスタジオ」にラ・ムーが初めて出演した時、司会の古舘伊知郎が
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「桃子ちゃんは今まであまり振りつけをしないで歌っていましたが、なんと皆さん前後左右5歩ずつ動きます」
「これは革命的なんです、あの東海林太郎がブレイクダンスに走るくらいの衝撃」
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とか言ってスタジオに笑いが起こっていましたが、確かにラ・ムーはかなりの衝撃だなと思いました。
私はデビュー曲の「愛は心の仕事です」しか知りませんが、これは良い曲だったように思います、ただ桃子さんの衣装がイマイチだった、当時、流行りだった肩パットを強調したジャケットに、小森のおばちゃまがよく着用していたような光沢のあるレギンスで、もう少し衣装をなんとかしてほしかったです。
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ラ・ムーは失敗だった、菊池桃子の黒歴史とまで言われていた事がありましたが、今となってはあれはあれで良かったように思います。
桃子さんは今でも芸能界で活動しているし、未だにアイドル時代の菊池桃子のイメージを保っているのは凄い事だなと思いました。
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